液体パパ

悲しんでいる人には更なる悲しみを、怒っている人には更なる怒りを与えるイラストを得意とするパパが子育てネタを中心にわりと変な記事を公開します。


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【ちょい真面目】体罰で結果が出るなら結果の出なかった指導者には体罰が足りないのでは?

体罰の目的が最後に結果を出す事なんだったらさ、結果が出なかった指導者はボッコボコにされるべきだよね。

取り敢えず灼熱のちくわがあったら口に突っ込まれるべきだよね。


だって結果が出なかったら指導者に体罰が足りなかったって事になるから。

まさか、安全圏にいるから、自分には体罰が及ばないから体罰を推奨しているなんて事はありませんよねぇ。



体罰



体罰を受けて育った人間が体罰を完全否定できないのは、自分が育った環境が間違っていたと認めたくないからと、終わってしまったが故に良い思い出に変換されてしまったから。

体罰が連鎖するプロセスはこれ。
古い人ほど推奨するのはこれ。

よって、本当に心から体罰は必要であると考えているのなら、自分がリアルタイムに体罰を受ける状態でなければ説得力が無いのです。


僕は体罰もそれ以外の指導も、実は同じライン上にあると考えています。


ところが体罰は他のセンスを必要とされる指導に比べて、教える側が無能でも一時的に効果が出る麻薬のような手段。
一時的に集中させたり注目させたりが出来る手段。

但しこれは一時的な効果なので、内から湧き出る恒久的なやる気に繋がる訳ではないばかりか、精神も身体も酷使する事になる。


しかし無能な指導者は自分が無能であるが故に麻薬に手を出している自覚もないし、酷い場合は感情の制御が出来ずにストレス発散目的で行ったりする。

いや、酷い場合っていうか、多くの場合でこの要素が含まれているのかもしれない。

早い話が体罰に頼らざる負えない指導者は完全に無能なんです。
他の行動で諭す事ができないから。

仮にその人物に肩書きや権威があったとしても、指導者としては完全に無能なんです。


さて、ここまで書いておいて僕自身完全に体罰を否定しているかと言うとそうでもない。

例外的に必要なケースというのを想定出来るから。

例えば、崖の上のような一歩間違えたらアウトな場面で、子供がふざけて友達の背中をドーンて押す。

無自覚なおふざけ。
だけど人命にかかわる重大事故のリスクがある訳だ。

下手したら人命が失われる、或いは取り返しのつかない大きな怪我のリスクがあるといった緊急を要する場合には、ことの重大さを瞬間的に教える為に麻薬に手を出す事もやぶさかではないと考える。


先程同じライン上にあると書いたのはこの事で、普段の指導では使うに値しない副作用の発生しやすい最上級の指導である体罰。

取り返しのつかない結果が生じる可能性のある緊急を要する場面では例外的にやむを得ないとも考える。

当たり前だけど、のちの心のケアは絶対に必要ですね。



さて、話を冒頭に戻しまして。

体罰によって良い結果が出るのであれば、結果が出なかった指導者にはトラウマになるくらいの罵詈雑言や体罰が必要だと思うのですが、推奨派はどうお考えなんでしょうね。

灼熱のちくわをぶち込まれる覚悟なのでしょうかね。



エビフライの尻尾



こういうのとかぶち込まれる覚悟はあるんですかね!


パセリ

こういうのとかさ!
覚悟はおありですか!


ケンタッキーの骨


こういうの!
ケンタッキーってぎりぎりイケる軟骨があるからさ、調子に乗って深追いするんだけどいずれ絶対に無理な骨に遭遇すんじゃん。

あの骨だかんね!
あの骨ぶち込まれっからね!
永久に噛み続けたらいいんだよ!
あんたなんか骨になるまで骨を噛み続けたらいいんだからねっ!