液体パパ

悲しんでいる人には更なる悲しみを、怒っている人には更なる怒りを与えるイラストを得意とするパパが子育てネタを中心にわりと変な記事を公開します。


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【ちょい真面目】牛乳石鹸の例の広告に感じる共感って、本当に共感ですか?

牛乳石鹸のCM。
一応子育てブログを名乗ってるんで少し触れておこうかなって思っちゃいました。
思ってしまいました。


完全に鬱症状が出ているお父さんにスポットを当てた内容。

大体の人の感想は「洗い流せねーよ!」だと思うし僕もそう思うんですけど、制作が電通という事でね、僕は敢えてこんなアプローチで書かせて頂こうかなと。


そもそも日本の会社はほとんどクソ


ここに触れなければ誰も救われないよ。


会社がクソだから起こる問題を、家庭内やお父さんの個人の問題に矮小化して論点をずらすやり方は見ててキツすぎるでしょうが。


もちろん会社がクソなのは我々が権利を勝ち取る事を怠ってきた結果でもあるのだけど、非常識だらけだからって非常識が常識になってはいけない。


まず昭和的父親像による育児不参加の時代は終わっている。
色んな意味ですでに終わっている。

それを引きずっているクソ親父が未だにいるから少しややこしいんだけど、もうそれは通用しない時代にすでになったよ。

しかし、にもかかわらず育児に参加できない環境がこの国にはある。


それがヨーロッパ諸国に比べて圧倒的に多い日本の労働時間だよ。


日本人の国民性は勤勉なのかもしれない。
労働を美徳とするのかもしれない。
はい、クソ喰らえです。

それは労働にしか生き甲斐を見つけられない悲しい存在。
悲しい存在が美徳だなんて滑稽を通り越して反吐が出る。

労働以外に生きがいをいくらでも見つけられるような教育がなされていないから日本人は隙だらけよ。

だからこそ法規制で労働時間の管理をしないと経営者にそこを付け込まれてしまう。


あのCMに感じた僕の違和感は、労働から来る鬱症状ではなく、お父さん自身の葛藤からくる鬱症状だったから。

だから僕はあまりあのお父さんに同情出来ない。


でも多くのお父さんが抱えている悩みって、あれじゃないんじゃないですか?

自分の父親が昭和的父親で、それを否定しながら生きる事ってそんなに苦痛です?

僕の親父はやはり昭和的クソ親父だったので、成人後に母にサインしてもらった離婚届けを持って別居中だった父に突きつけた。
その後、電話番号は教えるから連絡は出来るよと伝えたけど、それは嘘の電話番号。

攻めの生き別れでございます。


ヒドイですか?

父の稼いだお金で僕は育ったし、どのように作用したのかわからないけど今の自分があるのは父の存在も必要不可欠だった筈。

そういう意味では父の存在は決して無意味では無かった。
しかし邪魔になった。

ヒドイですよねぇ。


僕の反面教師はひと味違う。
でないと今度は自分が息子らに同じように排除されちゃうからね。


僕は運良く、物事の良し悪しを空気や時代、宗教、儒教などではなくある程度自分で決める事が出来るように育った。
ある程度。
まぁ所詮ある程度。


これは完全に育児不参加で借金癖と浮気癖の父がいて、放任主義だけどピンチの時には味方になってくれた母のおかげだったと思う。

母も母でエホバの証人で、そこは僕は拒否してたっていう中々ややこしい環境だったのだけど、その話はまたいずれ。


まぁ結果的に運が良かった。
運良く小さい頃から間違った父を否定出来てたし、それを隠しつつも成長できた。
父と母による呪縛が僕には無かった。


あの広告のお父さんに感じるのは、父の否定が自分の意思ではなく時代の波だと感じている節がある点で、それは僕には一切共感出来ない。


でも多くのお父さんが悩んでいるのはあの広告のお父さんの悩みではなく、子供や妻の為に理想のお父さんをやりたいのにそれだけの時間的、身体的、精神的余裕がないからではないだろうか。

脳内だけ先に行っちゃって、それをなぞるだけの余裕が無い。

そしてその余裕は、労働によって奪われたのではないだろうか。


僕はとっとと脱落してしまった学校での勉強。
それを必死に頑張って良い学校に入って、良いとされている会社に入ったあいつ。

良いとされている会社は給料は良かったかもしれない。
けど余裕を全て吸い取られた。

あっちゃだめでしょこんな事。
頑張ってきた人にも更なる頑張りを強要される。
あっちゃだめでしょ。
でもそんな会社ばっか。

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